『雲陽誌(うんようし)』は、江戸時代中期の宝永2年(1705年)に松江藩主・松平宣維(のぶずみ)が、儒学者の黒沢長尚(ながひさ)に命じて編纂させ、享保2年(1717年)に完成した出雲国の地誌です。当時の出雲を知る上で欠かせない貴重な郷土史資料として知られています。

本書は島根・神門・楯縫・意宇・能義・大原・仁多・秋鹿・飯石・出雲の10郡545カ町村を網羅しており、松江城下を起点に、各地の神社仏閣、古跡、名所、古戦場、城跡などの由来や伝説が詳細に記されています。

今回は、この『雲陽誌』の中から、飯石郡「掛合」に関する記述を抜粋して掲載いたします。

雲陽誌

雲陽誌 抜粋:掛合関連 原文

多 禰

多禰とは天下を造所の大神大穴持命と少彦名命と天下を巡行し給ふ、時に稲の種此所に落とたまふといふ、神龜三年字を多根とあらたむ、掛合松笠坂本乙多田加食田宮内吉田を合て多禰一郷とす、【風土記】に多禰の郡家とあるは掛合の内郡といふ所なり、【和名抄】に田井郷と書すは此郷内吉田曾木上山仁多郡の内上阿井の田井湏山の邊を加えて田井郷なり、

掛 合

勝手明神 【風土記】に載る狹長社是なり、大和國吉野山勝手社は愛鬘命なり、當社もおなし神なるへし、緣起なし故に分明ならす、老祠官語て曰古此神烏帽子の岩上に鎮坐したまふ、其後狹長に遷宮して本社門客人鳥居天正年中多賀與四郎道定建立の棟札あり、祭禮九月十九日御幸獅々舞流鏑馬十月十七日夜神樂あり、末社と稱して三社あり、稻荷新八幡なり、斯新八幡は日倉城主多賀道定の霊をまつりたりといひつたふ、近臣七人を脇立とす、
天神 此所を官の段といふ、三尺に二尺の祠なり、
若宮
權現 高山なり、三尺はかりの小社あり、由來しれす、
王子權現
大正森 此神何の號といふことを考す、後の君子を待、
荒神廿八ヶ所
宗圓寺 禪宗一涵山と號す、本尊藥師開基しれす、日倉山の城主多賀與四郎道定の寺なり、
淨光寺 禪宗本尊觀音、
勝願寺 眞言宗、本尊觀音、
専正寺 眞宗西本願寺末派、本尊阿彌陀長二尺、
觀音堂 古は宗源寺といふ伽藍なり、今は寺なし、
古塚 多賀與四郎の廟なり、
獅子岩 弘福寺といふ、本尊石佛なり、土人弘法の作といふ、
辻堂七ヶ所
古城 日倉山といふ、多賀與四郎道定の居城なり、【風土記】に日倉社あり、此山上に坐す、
古城 城主しれす、
古城 城主しれす、
 近村の買人群集して市を催なり、
漆野原 坂路六町、
鷹巣坂 高山なり、坂路七町、
野多原 五町四方の芝原なり、
花屋水 此井淸水なり、夏日いたる者おほし、
瀑泉 多根村境土人塩淵といふ、高さ二間橫四間魚切といふ所あり、是より魚あかることなし、


雲陽誌 抜粋:掛合関連 編集

以下現代語でまとめ分かりやすく紹介します。

多禰(たね)

■ 地名の由来

「多禰(たね)」という名前は、国造りの神である大穴持命(おおなむちのみこと/大国主命)と少彦名命(すくなひこなのみこと)が、天下を巡行していた際に、この場所に稲の種を落とされたことに由来すると伝えられています。
その後、神亀3年(726年)に、漢字が「多根」へと改められました。

■ 範囲

かつては、以下の村々をも合わせて「多禰一郷」と呼んでいました。
掛合(かけや)・松笠(まつかさ)・坂本(さかもと)・乙多田(おっただ)・加食田(かじきだ)・宮内(みやうち)・吉田(よしだ)

■ 歴史資料に見る多禰

  • 『出雲国風土記』の記述:
    風土記に記されている「多禰郡家(たねのこおりのみやけ/郡役所)」は、掛合(かけや)の中にある「郡(こおり)」という場所に置かれていました。
  • 『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』の記述:
    平安時代の辞書『和名類聚抄』に「田井郷(たいのさと)」という地名が出てきます。これは、多禰郷のうちの「吉田・曽木・上山」に、仁多郡の「上阿井の田井・湏山」あたりまでを加えた広い地域を指しています。

■ 神社・聖地

  • 勝手明神1(かってみょうじん)
    『出雲国風土記』にある「狹長社(さながのやしろ)」のことです。大和国(奈良県)吉野の勝手明神と同じ愛鬘命(めでかずらのみこと)を祀っていると思われますが、古い記録がないため詳細は不明です。
    地元の神主の伝承では、かつて神様は「烏帽子(えぼし)」岩の上に降臨し、その後に現在の狹長の地へ移ったといわれています。鳥居に天正年間(戦国時代末期)日倉城主・多賀与四郎道定が建立したという記録(棟札)が残っています。
    • 祭礼: 9月19日に御幸、獅子舞、流鏑馬が行われ、10月17日夜には神楽が奉納されます。
    • 末社: 稲荷、新八幡など三社。新八幡は日倉城主・多賀道定の霊を祀ったものと伝えられ、脇には七人の近臣が祀られています。
  • 天神2 「官の段(かんのだん)」と呼ばれる場所にあり、小さな祠が祀られています。
  • 荒神(こうじん): 地域内に28カ所あります。
  • 大正森(たいしょうのもり): どのような神様かは不明で、後世の学者の研究が待たれます。
  • その他: 若宮、権現(高山にある小社)、王子権現などがあります。

■ 寺院・仏閣

  • 宗円寺3(そうえんじ): 禅宗。山号は一涵山(いっかんざん)。本尊は薬師如来。日倉城主・多賀道定ゆかりの寺です。
  • 浄光寺4(じょうこうじ): 禅宗。本尊は観音菩薩。
  • 勝願寺5(しょうがんじ): 真言宗。本尊は観音菩薩。
  • 専正寺6(せんしょうじ): 浄土真宗(西本願寺派)。本尊は阿弥陀如来。
  • 観音堂: かつては宗源寺7(そうげんじ)という大きな寺院(伽藍)でしたが、現在は堂のみが残っています。
  • 獅子岩(弘福寺8): 本尊は石仏です。地元では弘法大師(空海)の作と伝えられています。
  • 辻堂: 地域内に7カ所あります。

■ 城跡・歴史跡

  • 古城・日倉山(ひぐらやま)9 多賀与四郎道定の居城です。『出雲国風土記』にある「日倉社」はこの山の上に鎮座しています。
  • 古城跡10 城主が不明な城跡がほかに2カ所あります。
  • 古塚11 多賀与四郎道定のお墓(廟)です。

■ 地名・名所・自然

  • 12 近隣の村々から多くの人が集まり、市が開かれ賑わっています。
  • 名所・坂道:
    • 漆野原13(うるしのばら): 約650メートルの坂道。
    • 鷹巣坂14(たかのすざか): 高い山にある約760メートルの坂道。
    • 野多原15(のたんばら): 約550メートル四方の広々とした芝原。
  • 花屋水(はなやみず): 清らかな水が湧く井戸です。夏場には多くの人が訪れます。
  • 瀑泉(滝)16 多根村との境にあり、地元では「塩淵(しおぶち/しおがふち)」と呼ばれています。高さ約3.6メートル、幅約7.2メートル。「魚切(うおきり)」という場所があり、そこから上流へは魚が登れないといわれています。

以下は、松江藩士神田佐三右衛門(すけざえもん)により天保年間(1830-1844年)に描かれたと考えられている「出雲国絵図(御國繪圖)/島根大学附属図書館所蔵」から掛合村付近の抜粋です。参考までに

出雲国絵図(御國繪圖)

古城山、町、タカノス、ノタ原、漆原の文字が見えます。川上御番所とあるのは、松江藩と広瀬藩の国境の為。上御番所とあるのは、松江藩の御制札場、今でいう「地方事務所」ですね。道の両側の黒い点は、一里塚。(因みに北は地図の下方向)


  1. 現在の狭長神社 ↩︎
  2. かつて佐中(天神山/現在の小学校付近にあった祠。現在は、狭長神社に合祀されている ↩︎
  3. 現在の宗円寺 ↩︎
  4. かつて西側にあった寺 ↩︎
  5. かつて佐中(天神山/現在の小学校付近)にあった寺 ↩︎
  6. 現在の専正寺 ↩︎
  7. かつて西側にあった寺 ↩︎
  8. かつて十日市にあった寺 ↩︎
  9. 日倉城址 ↩︎
  10. ひとつは、郡の比丘尼原城址。萩野勝右衛門を城主としていた。山頂に平坦地あり。もう一か所は、郡家跡を言うか? ↩︎
  11. 宗円寺前の清水坂中腹にある ↩︎
  12. 現在の上町 ↩︎
  13. 西谷に向かう漆原の坂 ↩︎
  14. 川上の鷹巣の坂 ↩︎
  15. 掛合球場まわりのあたりの原 ↩︎
  16. 三刀屋川取水堰堤付近にあった ↩︎